昭和50年04月16日 朝の御理解



 御理解 第71節
 「ここへは信心のけいこをしに来るのである。よくけいこをして帰れ。夜夜中どういうことがないとも限らぬ。おかげはわがうちで受けよ。子供がある者や日傭取りは出て来るわけにゆかぬ。病人があったりすれば、捨てておいて参って来ることはできぬ。まめな時ここへ参って信心のけいこをしておけ。」

 今朝方お夢の中にこう言う事を頂いた。誰かは判からんけれども、その人は何処にか養子に行っておられる様な具合である。何かそこで問題が起きて、出るの入るのと言った様な事を云っておられた、その後の事の様である。そして誰かが云っておる。その声で私は目が覚めたんですけれども。あんたが財産目当てに来とるけん、こげな事になるとよと云う、お言葉を頂いたんです。
 例えば養子に行く。これは反対に嫁に行くでも良いです。相手の人物とか人柄と言った様なものに引かれて、その家の人になりきるというのではなくて、財産があったから、財産を目当てに来とったから、こう言う事になるのだと云っておるのです。これは確かにそうだと思いますね。財産目当てに来ておる。もし財産が段々少なくなる、無くなって来ると、そこに必ず問題が起きてくるでしょう。
それを私は信心に置き換えて見るとです。あんたがおかげ目当てに参って来とるから、こう言う事になるのだと云う事も云えると思うんです。これは本当に大事な事ですけれども、なかなか、すっきりと初めから頂けるものではありませんけれども、『願う氏子におかげを授け』と仰せられますように、金光様の御信心はおかげを目当てに来ても、おかげを受けるんです矢張り。だからそこで流れてしまうんです。そこで終始してしまうと言った様な人が沢山多いのです。
 その証拠には信心すれば、誰でもお徳が受けられると、教祖様は御教えにはっきりおしゃって下さってあるのに、信心をしておるけれども、お徳を受けてあの世にも持って行け、この世にも残して行ける程しのものを頂いておられるなぁと思う人は実に稀である。私共の知っておる限りのお道の信者、信奉者の方を見せて頂いてです。皆が徳を受けておるとは思われない。結局おかげ目当てに、あんたが参って来よるから、こう言う事になるのだ。お徳も受けまいがあの世にも持って行け。
 この世にも残しとくもんもあるまいが、と云う事になるのじゃないでしょうかね。養子縁組そして相手方も調べさせて貰う。中々人物が良い本人と本人の気持ちが、ピッタリ合いそうであるから、そこに養子に行ったと云うのなら良いですけども。そう言う事はどうでもよか。兎に角大変な財産家であるというので、財産につられて養子に行っておった。だからそこには問題が必ずあったんだと言う事になります。私共がねここに本当に気付かせて頂かなければならない事は、これはいつもそう云われます。
 おかげを頂くと言う事よりも、信心を頂くと言う事でなからなければいけないと云う事を云われますけれども。今朝私そういうお夢を頂いて、改めてそれを思うのです。そして今日この御理解第七十一節を頂いて、此処には信心の稽古をしに来る所じゃと。また最後にもまめな時此処へ参って信心の稽古をしておけと。信心の稽古に始まって信心の稽古に終っております。この七十一節は。
 だから信心の稽古の目当てと云うのが、どういう信心をすればおかげを頂かれるかと云うのではなくて、どういう信心をさせて頂いたらお徳が受けられるかと。と云う様な事になるのじゃないでしょうか。昨日は前夜祭を終らせた後に引き続いて冨久信会でございました。私は何か新たなものを昨日は大変身体がきつくて、お祭をやっと仕えた様な状態でしたけれども。一生懸命信心の話をしておりましたら何か元気が出てきた様なおかげを頂いて、今日もおかげで元気で目覚しのおかげを頂いたのですけども。
 久富正義さんが云っておる事に私は感心しました。と云うのは月の内に十日位しか御参りが出来ない。近い所に居るのです善導寺ですから。此処から一里余りの所におるのですから、それこそ朝参り夜参りしても良い訳ですけれども、月の内に十日位しか御参りが出来ない。その中に月次祭だけは、あの人は二十数年前に、死ぬか生きるかと云う様な病気で、おかげを頂き助かりました。
 それも一回ならず何回もでした。そういう様な体験の持ち主でありますし、ない命を神様に頂いておると言う所から、ああいう実意丁寧と云うか、慇懃な信心が出来るわけです。私が当時あの人が、久留米の椛目のお広前の時に、丸い時計の御供えをしとりました、椛目のお広前に。あの人が具合が悪い時大変悪いというお届けに来た時に、私が御心眼に時計に忌中と紙が張ってあるんです。私はビックリ致しました。
 と云う事は時計が止まると云うか、本当に忌中にならなければならない程しの大難の所を、特別の信心によっておかげを頂いた訳でございます。その時におかげを頂いてお礼に出て参りました時に頂いた御理解の中に、信士、紳士、神仕と言う事を三つ頂いた。信士と言う事は、お位牌さんに、真宗仏教では、何々信士と書きますよね。あの信士です。これはお位牌さんにならなければならないと言う事なのです。次の紳士は、英国の紳士道と申しましょう、あの紳士です。次には神仕です。神に仕えるです。
 この内の三つのどれを取るかと言う事です。だからあれが私が強引に言うならばです。あんた今度命を頂いたら、お道の教師にならせて頂かなきゃいけんよと、言った所で御座いましょうね。所が当時の椛目ですから教会でもないし、修行に行く所も御座いませんでしたし、今だったらどうか解りません。だから本当に取次の御用でもさせて貰わねばならない程しの人ですけれども、そこは出来ませんから紳士で行くという行き方を、一生懸命に身に付けようと精進努力した人だと思います。
 実に紳士です合楽きっての紳士です。信心のない人でも信心のある人でも、正義さんは間違いないと。ああいう土建業をやっておりますが、初めは本当に細々とした所からやってましたが、ああいう盛大なおかげを頂いて最近では、また他に事業を思い立つという程しにおかげを頂いて、非常に人徳を積んで行く事の修行をした様な感じであります。それは隣近所でもあの人の事を悪く云う人はありません。久富さんは人間が出来てござる。人間が立派だとこう言うのです。
 そういう紳士道を何もかも捨てて、お道の教師にでもならせて頂こうと言う事は出来ないから、一つ紳士道で行こうと。でなかったら自分は信士、自分は無い命を助けて頂いとるのであるから、本当は神様の御用でもさせて頂かねばならないのだけれども、それが出来んから、本当に、真の人を目指そうと言う様な行き方を、段々身に付けてその信心の表われが、どう言う事であるかというと、朝参りも時々はして来る事がありますけれども、お月次祭だけはと、ここに一心を立てておると云うのです。
 ですからお月次祭にまだ一回も、四回のお月次祭を欠かした事はないし、同時に私はなぜあの人に月次祭の日だけ、先生方が沢山おるのに、御結界の奉仕をさせるかというとです。この人は神士の御用を、お取次者としての御用もさせて貰わなければ出来ない程しの人だと思うから、私が月次祭の日だけは、必ず御結界の奉仕をさせます。だから自分もその事を考えておりますから、必ず一分間だって切った事はありません時間を。それだけに思いというものを、そこに置いておるわけです。
 おかげで私はたった月次祭位にしか、本当のお参り出来ない。様々なお伺いごとやら願い事があって、合わせて月の内に十回位御参りする事があるでしょうか。これだけは絶対というのはお月次祭であります。だからお月次祭に、時間どもを切っちゃならない。御結界の御用が出来ない様な事があっちゃならないと言う事に心掛けて、そこに一念発起しておるのです。同時に私共が椛目の当時に、信心の稽古をさせて頂いておった信心の同志はいくらも亡くなられました。
 それこそ合楽の礎と思わせて貰わなければ居られない様な、お国替えをした方達が幾らもあった。それを昨日は正義さんが云うのですよ。この位の事は出来なければ、合楽の為に犠牲になった御霊様に対して相済まんとこう云いました。だから私はたった四回の月次祭じゃあるけれども、これだけは御霊様に対しても、また神様に対しても、絶対のものを持って進んでおると云うのであります。
 そしておかげの方はどうかと云うと、私の心の中に絶対おかげになる、おかげになると云うものが強く頂けて、事実おかげを頂いております。沢山の人夫さん等を使わなきゃならないけれども、人夫さんがゴロゴロ辞めて行く時なんかは、これは困った事じゃあると思わんでもなかろうけれども、思う事はははぁこれは仕事の方が少なくなるなと思うと云うのです。だから不安がない。
 確かに人夫さんが減ってゆく時には、仕事も減ってくる。次から次に雇うて呉れ雇うて呉れと云う時には、必ず次に大きな工事があったりしてその辺の神様の、久富建設の上に働いて下さる働きを、確信を持って日々をおかげを頂いておるという意味の事を云っております。それがどこから生れてくるか。私は絶対信からだと思うです。信心は月に四回のお月次祭だけれども、誰よりも彼よりも月次祭を頂くという姿勢が違うんです。打ち込み方が違うんです。
 皆さんのようにお日参りも出来ないから、これだけは絶対のものとして、神様と交流する通うもの、私はその御霊様の事を申します時に、成程この人らしいなぁと思いました。私たちの先輩やら、一緒に信心の稽古をしておった方達が、思いもかけない事で亡くなって行ったりする時に、成程今日合楽が代をなして行く為の、礎にでも根にも柱にもなっておられると確信してるわけです。
 その御霊様に対してもその日だけは早くお参りをして、親先生がお月次祭の始まる三十分前に八時半のお月次祭ですけども、八時から私は御霊様の御礼を致します。ですから御霊様の御礼をなさる時に、間に合わなかった事は一遍もないと言っております。私はそれまで気付かなかった知らなかった。先輩の御霊様に対してとこう言うのです。そういう一つの律儀さそういう一つの打ち込みそういう一つの思い込みと言うものが、今日の久富建設が段々繁盛のおかげを頂いておるんだと言う事を思いますと同時にです。
 その信心がです私は昨日申しました。その正義さんの信心が月に四回ではない。それこそ朝参りをそうさせて頂かなければおられないという程しに、だんだんなって来る。十日参りが十五日十五日参りが二十日参り、二十日参りがその日参りにならせて頂く程しの、そういう内容を持った信心が出来る時に、その時が正義さん楽しみねと私が申しました。所があんたがそこのところに腰掛けて、大体そげな事を思うてどん居るのち言うたら、いやそりゃ思います。
 皆さんが毎日お日参りをなさるから、ほんにあげな信心が本当にできたら良かろうと思ういますと言うておった。けれどもなかなか人間というものは、財産ができて人から大将旦那様と言われる様になるとです。矢張りそこに腰掛ける向きがあるんです。そういう意味合いでそれに引き換え、高橋さんのごと福岡から毎日参って来る。しかもあれだけの大きな仕事をさせて頂きながら、御用があるなら合楽教会に掛けた方が早かという位に御用を承って行かれる。
 ところが正義さん程の確信を持ったお商売では、何とはなしに不安な状態の中に、信心が続けられておるという中に、私は昨日ちっと言葉が過ぎましたけど、高橋さんあんたの信心な、どうも苦し紛れのごとあるばいと私が言いしました。考えて見ますとそもそもの時からがそうでしたもん、信心の始まりが誰が何と言うても、高橋さんそげなことがおかげ頂かれるごたるならばです。もうそりゃ秋永先生も言いよった。それだけはどげなおかげ頂いても枯れ木に花ばいち。
 それでも苦し紛れにやっぱりおまいりを、それこそ一年間雪の日も霜の朝も、あの時分は単車で参って来よんなさいましたが、倒れ転びしながら参って来よんなさった。そして見事に枯れ木に花が咲く様なおかげを受けられた。そのおかげ頂きたい一心です矢張り。そこでお礼参りに何ケ月かでした。おかげを受けたつのお礼参りに、お参りをさせて貰いたいというお届けがあって、そのまま今日まで続いておるわけです。
 そうしておる内に、また願わなければならない事が、山程出来て来たからなんです。高橋さんが信心が分かって行かれんとか、打込がないと言う事じゃないけれども、正義さんの例と、高橋さんの例とをあんたが信心は、苦し紛れのごたるばいと。極端に分かり易くする為に、二つの例を取りましたがです。それこそ誰でも真似の出来る事じゃない。それが、十何年間続けられておると言う事は、一つの驚異に値します。とても福岡から合楽までですね。しかも多い時には三回もお参りして来なさらならん事がある。
 私は正義さんの行き方が、本当にあれに腰掛けずに、四回月次祭にお参りする、あの姿勢が五回になり、六回になり十回になり一月になりと言った様な時に、確かに大徳を受けるであろう。あの世にも持って行けこの世にも残しておけるであろう。成程おかげは我が家で受けよと言う様なおかげも頂けると思うのです。問題は正義さんあんたそれだけの信心が出来よるから、あれだけのおかげは頂いておる。人も羨む程のおかげを受けておる。だから、それに腰掛けておるごと見えるが、あんたどげな風のと言うたら。
 いんやそげな事はありまっせん。やっぱり皆さんのごとお日参でん出来るならと思いよりますとこう言う。けれどもお日参りが出来るでも、今月次祭に掛けておる、ああいう思いでお日参が出来るごとなった時が、ほんな事だと言う事なんです。お互い一つ成程、ここは信心の稽古に来るところと仰せられますから、信心の稽古に通うて来ておりますけども、稽古に通うておるという思いがです、果たしてどのくらい切実な思いを持って稽古に通うて来ておるかと言う事になります。
 私はこれは、正義さんが言われる、お月次祭に対する姿勢。または、その日お月次祭の三十分前に、御霊様へのご祈念がある。その御祈念に遅れる様な事があっちゃならないと、二十五年間ですか、これこそ一回だって欠けた事はない。それは、先輩の御霊様達に対して済まんという正義さんらしい、御霊様に対する考え方が、確かに御霊様に交流することであろう。そういう心がけを、神様がこよなく喜んで下さるだろう。それが今日の、我が家でおかげは受けるという様なおかげになって来ておる。
 ですからあの信心姿勢が、月次祭だけではなくて、それに四日のお参りが五日、五日のお参りが十日という様に、段々出来てくるようになる、これからの精進が正義さんには願われる訳ですけれども、中々踏切りがつかんらしいです。そこで私は思うのですけれども、高橋さんの様に絶対福岡から合楽までのお日参りが出来ておるという、それは苦し紛れかも知れません。けどもその苦し紛れの所を通り抜かせて頂いて、或るおかげの場に出た時にです。それが終生自分の身に付いておる所の信心になって参りまして、それが中味が信心になって参りました時に、焦点を間違えない信心の稽古に、ここに通うて来る事になった時にです。愈々素晴らしい事であろうどっちも素晴らしいが、高橋さんの行き方の方が本当な事になり易い様な気が致します。人間はそのように弱いのです。
 信心辛抱が身に付いて来る。それは苦し紛れおかげ頂かなければならんからであったけども、段々おかげも頂き、信心も分かって行く内にです。内容が段々正義さんのあり方の様なものに育って来る。その方が私はなり良い様な気がする。あのように出来た人物でありますけれどもです、そげなことは親先生は思いません。皆様のように朝参りでも出来たらと思いますと言うけれども、そこには昨日云っていました。
 家内が引き止めますもんじゃけんち言いよる。参ろうと思いよるばってん、家内が引き止めるげなもん。こうやって振り切って来れば良いじゃんののうや。ああそうかと云やこうなってしまいよる。だから中々そこは実際、暖かい布団の中に寝ておる方が楽ですやっぱり。そしてお金が足りんあれがない、子供達はよう出来ておる。仕事の方は昨日体験発表をしておりましたように、必要なものが必要に応じで。
 人材の場合でもお繰り合せを頂けると云う確信が出来たもんですから。やっぱり人間ですから、ゆっくりなるわけです。だからそれで済んだんでは、どこまでもその精神、その信心の姿勢は素晴らしいけれども、結局はマイホーム的なおかげに留まってしまう訳であります。だから本当な意味で、合楽示現活動に参画させて貰うと言った様な、新たな合楽の信心に参画させて貰うと云うことは、やはり苦し紛れでもよいから。
 信心は辛抱する事が一番大切と仰る、その辛抱の徳を、先ず一つ身に付けて行きよんなさる、高橋さんの場合は。そして信心辛抱の徳が身に付いて、今度は信心の徳がこれに伴うてくる。その神様に向かう所の心掛け、御霊様に対する思いと言った様なものが、そういう情感が交流する。神様と通う様な信心。本当の意味に置いての純粋な信心の稽古に通うて来られると言う事になった時にこれは大した事だ。
 これはどっちにしても大した事です。それがそのようになって来た時に。問題は今のままではどっちもいかん。内容は片一方は出て行かなきゃならん、片一方はも少し形の上の事を四のものは五に、五のものは六にして行かなきゃならんという信心が、そこにはまだ残されておると言う事になります。信心の稽古の焦点をどの辺に置いてるか。そして私共がどういう姿勢で、その信心の稽古に取り組んでおるかと言う事を、改めて考えて見なければいけません。
   どうぞ。